「仲良しマイミク」が示すユートピアの悲しき運命

 ミクシィは2009年9月7日、mixiの中でユーザー自身がつながるマイミク機能で、特に気の置けない相手だけに日記を公開できる「仲良しマイミク」サービスを開始しました。マイミク=仲の良い友達・知人ではなくなったことを示す機能の公開です。

 mixiの会員は2009年6月末時点で1741万人。2004年2月に開始してから約5年で爆発的なユーザー数を確保した、ほかに類を見ない日本を代表するSNSといってもいいでしょう。mixiにおけるつながり方は様々。検索機能を使って友人・知人を探してマイミク申請する方法もあれば、リアルに知り合った人とその場でマイミク申請する方法もあります。友達同士、会社内の同僚など様々なシーンでmixiの話題になるにつけ「マイミクになろうよ」という話題はあちらこちらで耳にします。

 一方、リアルな人間関係は様々なしがらみを持ちます。一部のユーザーの間では、複数のアカウントを持ち、会社用、プライベート用で使い分ける行為が広がっていました。上司にマイミク申請されて断る勇気がある人はそうそういません。そのため、仕方なくマイミクになり、それまで自由に書いていた日記も書けなくなります。下手すれば過去の日記まで削除しなければならない状況に追い込まれるのです。

 この「仲良しマイミク」機能がリリースされる5日前の2009年9月2日、「ミクシィで上司批判 兵庫県警巡査長を処分」という記事がメディアを駆け巡りました。20代の女性巡査長がストレスから仕事の不満を日記に書いていたことから、信用失墜行為に当たるとして処罰を受けたものです。この女性が書き込んでいた不満は「制服を着たり(警察)手帳を持っているだけで偉いなんておかしい」「周りがみてるほど正義感があふれる仕事ではない」「ストレスに見合うだけの給料はもらえない」「なぜ4時間も立ち番をしなければならないのか」「死亡事故ぐらいでじたばたするな。理解に苦しむ」といったもの。内容の善し悪しは別として、相当なストレスがあったのでしょう。処分を受けた当日、依願退職したそうです。

 インターネットが普及し始めて早15年が経とうとしています。黎明期は政府をはじめとする既存の権力に管理されることを嫌い、問題が起きても自分たちの力で浄化しようと努力していた、ユートピアを目指した時期がありました。こうした努力は急速に増え続けるインターネットユーザーを前にあまりにも無力で、ネットを舞台に次々と起こる犯罪や詐欺行為を自浄作用で止めることはできず、結局、警察の介入や法律の導入を許さざるを得ない状況になりました。ただ、悲しいかな、こうした経緯を経て皮肉にもインターネットは社会のインフラになりました。

 そしていま、インターネットのなかにマスコミュニケーションプラットフォームが登場してきました。同時に、インフラのレイヤーは上がり、SNSやブログ、マイクロブログといったものがインフラ化しようとしています。携帯電話でのメールのやり取りが、mixiのメッセージ機能を使ってのやり取りに置き換わったように、自宅に帰って日記を書いたり居酒屋に行って友達に話をしたりする何気ない出来事がTwitterでつぶやけばよくなったように。井戸に水を汲みにいっていた時代から、蛇口をひねる時代に変わったように、コミュニケーションプラットフォームは社会インフラの1つになろうとしています。

 インフラになることは運営企業からしても喜ばしいことでしょう。むしろこうしたコミュニケーションツールを提供する企業は、インフラになることを目指して頑張っていると思います。ただ、同時にインフラ化するということは、複雑化するということ。「マイミク」が仲の良い友達や知人を示すことに終わりを告げたように、友達・知人関係にも関係性によるレイヤー構造が生まれていきます。それはインターネットがユートピアでなくなったことと似ています。規模が拡大すればするほど、自由に自分の気持ちを吐露する場所がなくなっていくのです。

 これはある意味、インターネット上に発生するコミュニケーションプラットフォームの限界を示しているのかもしれません。人とつながりたいと思えば思うほど、つながりたくない人ともつながってしまう。少しずつ現実世界と変わらなくなっていくコミュニケーションプラットフォームにストレスを感じるユーザーが増え、こうしたユーザーは自分たちだけの世界を求め、新しいユートピアを探しに離れていってしまう気がしています。

 爆発的な普及を見せるTwitterも同様。mixiをはじめとするSNSよりもオープンで、つながることに対する“申請”という行為すらありません。勝手にフォローしてフォローされての世界。遅かれ早かれ、Twitterの規模が拡大すればするほど、”自由につぶやける”場所ではなくなっていくのではないでしょうか。

 規模の拡大が現実社会と同じストレスを生み出し、コアなユーザーほど離脱が始まる。運営企業はユートピアを守ろうとするがために、機能がどんどん複雑化していく。コミュニケーションプラットフォームが抱える悲しき運命なのかもしれません。

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